本能の所産
老後の心配。 先行きの 暮らしの不安。
民族同士の争い。 国家間の争い。
美しい女性に心を捕らわれること。
セクシーな女性に目が釘付けになること。
これ全て『本能』的 欲求からの所産であることを
ご存知でしたでしょうか。
昭和の時代に"悟られた"と言われる
『高橋信次』さんが書かれた本の中で知ることが出来ました。
1967年に他界されておられますので、30年以上の前の資料ですが
一部下記に抜粋いたします。
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「反省のかなめ」 第5章 心の機能の捉え方 より
(前略)
戦争と平和――。
人類の歴史はこの両極を何千年となく往復してきたようである。
殺し合いがなければ性が乱舞する。
平和は女の世界。男は戦士であることが誇りだった。
食と性の二大本能が、戦争と平和という両極の世界を創り出し、
欲望の渦をひろげてゆく。現代は地上の一部を残して表面は平和である。
平和が続くと、性本能が頭をもたげ、見るもの、聞くもの、これに結びつけてゆく。
芝居も、小説も、風俗も、より強烈な刺激を求めて、
あたかもそれが当然の成り行きのように動いてゆく。
性の狂宴は、天災か戦争でも起こらぬかぎりブレーキがきかなくなる。
ソ連では、性病が蔓延しだしたため、
性病者の性行為にきつい罰則を設けたといわれている。
日本やアメリカは、この点自由だから、方向転換がむずかしい。
食と性本能が動物の姿のような形で人間を動かしてゆくと、
いきつくところは動物以下の最低の地獄である。動物の本能には限界がある。
人間の本能には限界がない。
本能を欲望に転化させてゆく能力が与えられているからである。
だから本能の衝動が動物的になると手がつけられなくなってくる。
たとえば、食についていえば、動物たちは単純で、その場その場で満足している。
越冬する動物は越冬するに必要なものを確保する、
あるいはそれに耐え得るカロリーをとればそれ以上求めることをやめる。
しかも彼らは同じ種族を侵してまで自分が生きようとなしない。
昆虫のなかには、冬が近づき死が迫るとメスがオスを食べてしまうのもいるが、
これは種族保存の儀式として彼らに与えられた習性である。
ところが人間の食本能は無限に広がってゆく欲望が表裏一体をなしているから、
動物にもみられないような同族の殺傷をしてまでも、自己保存を遂げようとする。
戦争はその最たるものである。
現代は、経済競争だ。自社が生きるためには、他社のことなど構ってはいられない。
産業スパイを放ち、あらゆる智慧をしぼり、
才謀をめぐらして他社をだし抜き、利益を独占しようとする。
そうして同業の他社を、ことごとく傘下におさめることが
企業の最高の目標になってくる。
最低の費用で最大の利益をあげる。これが企業人の鉄則であり、
この鉄則を貫いた者が偉大な経営者といわれ多くの人びとの賞賛を博している。
欲望、競争、発展、成功・・・・・。
信長は自己の欲望を満足させるために
天下統一という大儀名文を旗印に、他国に侵略する。
現代も、戦国時代と少しも変わらないようである。
変わったのは直接、人殺しをするか、しないかのちがいだけのようである。
こうみてくると、食と性の本能に人間がいかに支配され動いているかが分かる。
そうして、その本能に支配された人間のゆきつくところは、憎しみ、悲しみ 、
そして苦悩があるだけである。本能そのものは肉体生命の保存がその目的であるが、
欲望という怪物は己自身を破壊するばかりか、動物や自然をも同時に破壊してゆく。
人間はそれでも満足なのであろうか。
私共は、人間の欲望、執着についてよくよく考えてみなければならないと思う。
(中略)
本能的な欲望は、こうした理性、感情、知性、意志の円滑な作用から離れて、
特に、理性のコントロールから独立して、表面的な知と意が本能に乗っかって
動いてゆくというのが実情である。
戦争と平和はその最たるものであろう。
この場合の平和とは、真の平和ではなく、
欲望に翻弄された戦争の変形したすがたをいう。
したがっていつ戦争が始まるかわからない。
現代がそういう姿である。争いの元は、生活の維持である。
利益追求である。食べることである。食べることがさまざまに変化し、
発展して、その発展の途上に国と国あるいは人と人との利害が相反してくると、
血で血を洗う争いに飛躍してゆくのである。
戦争が終わり、物が出回り、生活が楽になってくると、
今度は情欲が頭を持ち上げ、
性の狂躁曲がくりひろげられてくる。
(後略)
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いかがでしょうか?
今、目の前に起こっていることでは無く
遠い将来への 不安や、憤りを覚える場合
上記のような『本能』からの表れであることも
原因の一つとして 考慮に入れることも無駄ではないと思います。
特に、暮らしに対する不安をあおるような
報道や、情報には充分な注意が必要であると思います。
若い女性が 夜、暗い道を一人で歩くことが出来るのは 日本だけ。
他の国では、欧米を含め危険が多く 考えられないこと。
と 聞いたことがあります。
現在でも紛争の続くイスラム圏内の女性たちが
頭から自らを布で蔽い隠すのも
自らを危険から守ることが理由の一つかもしれません。
最近の商品ポスターや週刊誌の表紙では
若い女性の水着が当たり前になっており、
街中でも露出度の多い服を身に付け、
極度のセクシーさを表している女性も多く見受けられます。
人 本来の、心の円満さを保つためにも
理性的なコントロールから離れないよう
日々、心がけたいと思います。
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コメント
心の円満さと
理性的コントロールって離れられなさそうですね
うーん、
なんだか難しいお話です・汗
こどもたちが人らしく暮らせる世界がいいですね
投稿: たなこしママ | 2008年2月20日 (水) 22時31分