゙ケガ゙から 学んだこと
約二ヶ月ほど前、
ちょうど北京オリンピックの開会式が始った頃のことです。
朝起きると、左足甲の指の付け根の部分を中心に痛み出し、
夕方には"ハレ"がひどくなり、痛みのため
まともに歩くことが出来なくなりました。
翌朝一番に、近くの医院で診てもらうと
足の内部で強い炎症を起しており、十日間位の治療が必要と言われました。
筋肉が疲労を起し、土踏まずを維持できなくなり
骨と筋肉組織が干渉していることが原因のようです。
( 女子マラソンの 土佐礼子選手と同じケースだそうです )
急ぎの仕事を受けており、休養を取ることが出来ないため
テーピングをしてもらい、歩きやすいように パットを付けてもらって
"ピョコ ピョコ"と仕事に出かけました。
自宅から⇒最寄駅までは、
奥さんの自転車の後ろに乗せてもらい送ってもらいました。
人様の目が"たいそう"気になりましたが背に腹は替えれません。
(3日目からは 小生が 漕ぎ手に昇格です)
約十日間くらいは、歩くときに体重をかけると、
"ズキィー"っと痛みますので、ビッコを引くようなスタイルで、
一歩、一歩、よたよたとゆっくりにしか進めません。
手や腕の怪我ですとギブス等で固定して養生することが出来ますが、
足の場合、動かさないように床に就くか、
松葉杖をつき片足を浮かせる以外にカバーする手段がないようです。
しかしながら、
このケガのお蔭でいくつかの貴重な気付きを得るに至りました。
① バリアフリー施設の 有難さ、大切さ
② 当たり前のことが、当たり前に出来ない戸惑い (⇒当たり前の見直し)
③ 苦痛と引き換えにして、行う価値のあることと、無いことの区別
④ 『行』の一つの側面に、体が苦痛を訴えても意思の思いを貫く要素がある
自らの動きが不自由になりますと、
毎日なにげなく使い慣れている 道路、駅施設が、
時として大きな障壁に思えることがありました。
最近は公共施設のバリアフリー化が進んでおり、
歩道部の切下げや、駅のエスカレーター、エレベーターの存在は、
とても大きな助けになることと思います。
なんと特に有難く感じたのは、階段の『手摺』でした。
登る時は体重をあづけることができ
有効性も想像可能でしたが、
階段を下りる場合の安心感は、驚くほどの有り難さを覚えました。
駅では、急がれる方に"ドーン"と、
押されることがよく有ります。
階段を下りる最中に押されると、力の入らない足で体を支えているため
転倒の危険が有ります。
これほど 恐ろしいものはありませんでした。
このときに手摺を使うことで、
自分の歩みの助けになるばかりでなく、腕で体を支持し
危険からの回避を計る、有効な手段となります。
そして、安心感を与えてくれます。
家屋内の、狭く、急な階段であっても
手摺のお蔭で体をあずけることが可能です。
(体の不自由な方のために、
自宅に手摺などの設備を増設する場合、
公的補助を受けられることを 実施された方から聞いたことがあります。)
以前、朝の通勤時の駅のホームや階段で
ノロノロと 流れを止めるような方に
"イライラ"した思いを抱くことも間々ありました。
しかし自分が同じ境遇になり
同じような身にしみる辛さを味わった今、
不自由そうな方を見かけると
「大丈夫かな?」と ちょっと気遣ってみたくなりました。
『ケガ』のお蔭で得た第一の学びは、
少し優しくなれたことなのかもしれません。
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